マナカーブは右肩下がり

デュエルマスターズのビートダウンデッキ愛好家がカードを低姿勢で語るWebです。

好きなカードが格付けされて悲しい話

ぴえん

昨今のゲームでは、攻略情報をネットで検索すれば簡単に入手できるようになった。もっとネットが普及する前は攻略本と友人が頼りだったが、攻略本を読む機会は大幅に減り、友人と交わす言葉よりも攻略サイトで読む文字の方が多くなった。

「ソシャゲ」と呼ばれるスマートフォン向けのゲームが2013年頃から爆発的に流行すると、それに付随して多くの攻略情報を載せたページが登場した。スマホでいつでもどこでも無料で遊べるソシャゲはその遊ぶ敷居の低さが魅力だが、それと同時に攻略情報も無料で、早く、そして多く提供されるようになった。

が、これらによって私達のゲーム体験が大きく変わったと、しばらく感じている。

今回は、今遊ばせてもらっているデュエルマスターズプレイスを初め、手軽に入手できる攻略情報に私たちがどれだけ振り回されているかを考察したい。


この記事を書いた経緯としては、

1. 自分の好きなカードがネットで低く格付けされて悲しいこと

2. カジュアル勢の友人がデュエプレを辞めてしまったこと

が理由になる。

もくじ

ゲームでも格付けが当たり前

まずこの記事で一番言いたいことは、攻略情報に安易な格付けが増えてしまった、ということだ(ゲーマーには格付けというより、「ランク付け」と表現したほうが馴染みやすいと思うので、以降ランク付けと表記することにする)。


攻略本を読んだことのある人は考えてみてほしいのだが、ランク付けが載っている本に出会ったことはあるだろうか?

私はない。恐らくだが、どちらかというと少ないほうなのではないかと思う。

なぜ攻略本に最強装備や最強キャラ、S~Eといったランク付けが少ないのかというと、それはゲームの本質的な解答であり、ゲーム本来の想像力を働かせて遊ぶ余地を奪うことだからだ。

ゲームを始めて行き詰まることがあったとき、プレイヤーとしては正解よりもヒントを欲しがるものだったと思う。「この敵キャラにはどんな武器が有効なんだろうな〜」というように疑問が生まれ、あれこれ試行錯誤をしながら自分でゲームをクリアするのがまず楽しいことだった。


しかし、ソシャゲはどちらかというと相性相関やパラメータが重宝されやすいゲームシステムが多く、プレイヤーが工夫を凝らす余地があまりない。もはやヒントがそのまま答えになってしまうというか……。自分でいくら考えるよりもパラメータを見ればだいたい解決する。なんだかんだ高価なSSRが結局強いし、火属性弱点の敵には黙って火属性でいったほうが良い。

また、スマホで手軽に遊べるゲームが多いということは、プレイヤーの比率としては腰を据えて遊べない人が多い、ということであるは周知の事実だ。よって電車の中などでゲームに行き詰まったとき、自分で攻略方法を考えるよりwikiなり何なりで手っ取り早く相性の良いキャラや装備を知って、さっさとクリアしようとするものだと思う。手軽に消費できることが魅力のソシャゲでは、じっくりと自分で考えてクリアしようとすることは少ない。


そんなプレイヤーに求められる攻略情報は「手っ取り早く知ることができる最適解」であり、わざわざ想像力を膨らませる遠回しな情報よりもS~Eなどの率直なランク付けを好む(自分で考える時間が減り、スマホで何でも知ろうとする問題はゲームに限った話ではない)。

攻略情報の発信源は作り手(攻略本)から受取り手(プレイヤー)に

また、ネットによってゲームの受取り手であるプレイヤーが攻略情報を書けるようになったことも大きな要因だ。

攻略本はあえてプレイヤーの想像力を奪わないために、わざと最適な攻略情報をあからさまに掲載することは控える。「編集部ではこの武器を使って攻略に成功した」というふうにだ。攻略本はたしかに解答例のひとつかふたつを提示してくれるものだが、あまりにこれが正解だ!と断言する表現はかなり少ないと思う。

それは最適解を提示するということはつまり、その問題を解く余地を奪ってしまうことだからだ。


しかし、受取り手であるプレイヤーにそこまでの配慮ができる人はあまりいない。プレイヤーが書く攻略情報は得てしてゲームの正解そのものである。しかもソシャゲが登場した2013年以降一気に普及したwikiページは、大勢のプレイヤーが執筆者(編集者)になることで多数意見からより正確な攻略情報をまとめるウェブサイトとなる。

wikiの普及以前は「2ちゃんねる」といった大手掲示板でプレイヤー同士の攻略情報がいち早く共有され、すぐにそのゲームの最適解(テンプレ)が導かれてきた。そこはまだ自分から踏み込まなれけば攻略情報を押し付けられずに済んでいたが、さらにスマホが普及するとよりネットにアクセスしやすい環境が手に入り、wikiをはじめニコニコ動画、Youtube、はたまたアフィリエイトサイトで多くのプレイヤーが攻略情報を広めることになった。

もはやこうなってくると攻略本は必要なくなってきており、ゲームを簡単にクリアするための攻略情報が多く出回ることになった。

長い間攻略本が提供してきた、「プレイヤーにより楽しく遊んでもらうための攻略情報」ではなく、「手軽にクリアできる情報で広告収入を得るための攻略情報」もしくは「自分がどれだけそのゲームをやりこんでいるかの自己顕示欲を示すための攻略情報」が今は圧倒的に多いと思う。

クイズに例えるなら、

攻略本が「ヒントは○○です」とあくまで解答を委ねるのに対し、

プレイヤー情報は「正解はこれだから写していいよ」というものに近い(デュエプレでこのデッキでマスター到達しました!とか)。


もちろん立場によってどんな質の情報を発信するかは自由だ。またネットに接続する以上は情報を見る / 見ないの責任はある程度自分にもある。……が、今のネットの攻略情報はあまりにランク付けやテンプレが多すぎて疲弊する。

人への押しつけ?

このブログではデュエルマスターズプレイスの話題を書かせていただいているが、何故この「ランク付け」や「テンプレ」といった攻略情報の質についての話題を出したかというと、デュエプレでも自分が好きなカードのランク付けが多すぎてそろそろ嫌になってきたからだ(と、もう一つは長く一緒に遊んできた友人がデュエプレを辞めてしまったからだ)。


新しいカードが実装される度にワクワクする。幸い今はTwitterがあるので、公式が新カード情報を公開するたびに「ヤバいやつきた」などとコメントし合うのがすごく楽しい。そして友人たちと通話をつなぎ、次どんなデッキ組もうかとひたすら話し込む。

そして新カードが実装されると、事前にカードリストで作っておいたデッキを作って遊び倒す。この辺がデュエプレで最も楽しい時期だ。

しかし、次第に環境が練り込まれ、プレイヤー間でカードの評価が固まってくる時期はなんとも言えない感じだ。ランクマッチで使われるカードが常連化し、Twitter、ブログ、Youtubeでカードごとにランク付けがされ始める。

デュエプレ界隈の良くないところは、わりとゴミカード・カスカード・雑魚カードなどと評価の低いカードへの言葉遣いが荒いところだ(まあ、カードゲーム界隈では最初からそうなのだが)。ある種ネタになっているところもあるにはあるが、自分としては「救済」という言葉も今となっては雑魚カードの隠語、レッテル貼りでしかないと感じる。

そもそも小学生向けカードゲーム漫画の悪役が良くない言葉で評価の低いカードを罵倒するので、読む側もそれを真似する。昔から友達の間でずっとあったことだと思うが、今のネットにつながった時代で、大勢の意見が集中するSNSになってくるとまあしんどいものがある。単純に罵詈雑言が多すぎてしんどい。


また、デュエプレではプレイヤー自身もプレイ成績によってレーティングされるので、高レートプレイヤーの声の大きさもそれに比例しているところがまたしんどい。

高レートが自分のデッキを紹介し、カードについてそれぞれランク付けする。別に全く悪いことではないし、それも楽しみ方のひとつとして十分ありだと思うのだが、如何せんプレイヤー自身がレーティングシステムに組み込まれて動かされているのが良くない。

プレイ成績が一定の数字で可視化されることで、人の攻略情報の質が担保しやすそうというメリットはあるが、それ以上にレートの有無で発言が尊重されたりされなくなったりしてしまっている。また、たまにレートに比例して発言態度も大きくなってしまう人もいる。

そうして発言力のある高レート中心の評価が固まり、各所でカード評価がS~E、分解推奨、ゴミカス呼ばわりされるようになる。これがまあ環境後期はしんどい。これは高レートの人の態度が悪いという話ではなく、高レートと見るやいなや発言がいいねされ、そのため目立ちやすく、さらにごく一部の高レートの人が押し付けがましいときがある……という話だ(人をレートの高さで判断してしまう仕組みになっている)。


そもそもカード一枚ごとに、プレイヤーによってそれぞれの思い出があるものだ。初めて当たったSR、友達と交換したカード、カードが揃ってない時期に使い倒した初期の相棒など……。どんなカードにも愛着をもった人はいる。

ネットのような自分の想像できないレベルで他人とつながった環境では、カードのランク付けは知らずしらずの間に自分の言葉が誰かの刃になっているものだ。現に今自分はジェネラルクワガタンが6.5点だとか分解推奨だとか言われて深く傷ついている。傷ついているぞ。

ゲームが良くても環境が

新カードが実装される度にワクワクして、自分はどのカードを使おう?パックからどのカードが引けるだろうか?考えるのが楽しいと前述した。

しかし、環境と評価が固まってくると楽しくなくなってくる。ネットでカードがそれぞれランク付けされ、強いカードはテンプレで押し付けられるからだ。

結局、今後カードがどれだけ魅力的に実装され続けても、それを取り巻くプレイヤー環境に馴染めなければデュエプレを長くは続けられない。もう本当にネットと縁を切って遊んでいくしかない。とはいえデュエプレは公式Twitterで情報が更新されるし、公式Youtubeで面白い番組も公開される。公式情報がSNSと結びついているため、ネットに触れずにデュエプレを楽しむのはまあまあ難しい。私の友人は8弾実装前に辞めてしまった。


人から押し付けられる攻略情報では、どうしても楽しめないときはある。

例えば強いカードがどんどん憎くなってくることはあるが、それはカードが悪いというよりかは、使われている環境が憎くなっていることも多いはずだ。

テンプレとして流布されているデッキ、カードが憎いのではなく、テンプレで勝って得意げになっているプレイヤーに負けたとき心が闇文明になる。たぶんこれを感じたことがない人はいないはずだ。


また、はっきり言って、プレイヤーのランク付けはあまり当てにならない。

2弾でバジュラよりもバロムが隆盛を誇ったように、ハズレといわれたカチュアが半年後台頭したり、修正されたインビンシブルテクノロジーが見いだされたりしているように。

バイオレンスサンダー、フルメタルレモン、ケンジ・パンダネルラ、レオパルドホーン、預言者リク、解体人形ジェニー、アウゼス、エリクシア、エクストリームクロウラー、アクアリバイバー、チャミリア、クエイクス、マーチングスプライト、ストリーミング・ビジョンなどなど……

プレイヤー評価が覆された例は数え上げればキリがない。

カードゲーム自体、新しいカードプールの増加によって既存カードとの相互相性が見直され続けるものなので、その時点でのランク付けは長期的にみるとあまり意味がない。ランク付けや初心者向き分解推奨はその弾だけ遊ぶにはいいが、人に長期的に一緒にデュエプレで遊んでもらうには諸刃の剣になる。spルールやリミテッドルールといった限定戦が開催されること、DCGならではの能力ナーフが存在すること、何より自分で使ってみて都度使いやすいか使いにくいかの判断ができる……という点で、ネットのランク付けを当てするメリットの方が少ない。

大多数のランク付けは、本当に初心者向きに書かれているというより、その攻略情報を語っているプレイヤーが自分で気持ちよくなるために書かれているものだ。

自分で考えるから楽しい

カードゲームに限らず、人は自分で試行錯誤ができることに喜びを感じるという。結果も大事だが、自分で試行錯誤を繰り返す、つまり自分の意思で挑戦すること自体に価値を見出だせるというのはよく聞く話だと思う(言われた商品を買って後悔する、自分で挑戦する道を選んだから後悔はない、など)。

この「自分の意思で」の部分が特に重要で、今は自分で意識すらせずに人の都合で動いていることもかなり多い(昨今の検索で正解を得られるスマホが人から想像力と幸福を奪うという問題にも少なからず関連している)。


デュエプレで例えるならば、カードの「ランク付け」と「テンプレ構築」というのは人から与えられた解答であり、遊ぶ側の想像力をある程度否定してるものではないかと思う。今のデュエプレではこれが強い、これを使わなければ勝てないぞ、とネットを見るたびに言われている気がする。

このカードはランクDだ、君の当たったSRは弱いから分解推奨だぞ、と攻略サイトに突きつけられる。

私自身は本当に本気でランクマッチで勝ちたいからランク付けも見るし、テンプレ構築も受け入れるが……が、そんな勝負優先のプレイヤーばかりではない。もっといろんな視点からデュエプレで遊ぶプレイヤーは大勢いる。そして私自身ですらランク付けやテンプレ構築が流布するネットに辟易している。

勝負優先のプレイスタイルならTwitterやYoutubeなどでよく見る「このデッキでマスター到達!10連勝!」という構築は大いに参考にさせてもらうところだが……カジュアル勢からするとどうだろうか。それは人が結果を残したひとつの「解答」であり、それを写させてもらったところで自分の意思で選んだカードでない以上喜びを感じられるのかは疑問だ。どちらかというと解答を押し付けられたことで自分の選択肢がまた一つ減った……という気分にもなるのかもしれない。

望んでいる攻略情報はヒントであって、人の解答ではない。

今のデュエプレも、他の多くのゲームと同じように「想像の余地を奪う攻略情報」が多く出回っているように思う(これによって、長く一緒にデュエプレで遊んできた友人が8弾前に辞めてしまったのも、この記事を書いた動機のひとつだ)。


デュエプレをはじめ、カードゲームは友人たちと「このカード強くね!?」、「これとこれを組み合わせたら最強じゃん!」というようにはしゃぎながら意見交換するのが楽しみのひとつだ。カードプールの中からお気に入りのカードを見つけ、それを組み合わせてオリジナルのデッキを作って遊ぶ。カードパックから超低確率で引くスーパーレアカードに縁を感じ、それを活かしたデッキを何度も対戦を重ねて自分なりに磨き上げていくのが格別に楽しい。

かくいう自分もこのブログでドリームメイトのデッキ構築などを書かせてもらっているが、振り返ってみれば「このカードはこう」という書き方では、自分の価値観の押し付けでしかないように思う。俺はこんなにもドリームメイトを使い込んでいるんだぞという、自己顕示でしかなかった(ケンジ・パンダネルラだけに)。


昔夢中で読んでいたとあるゲームブログで、なぜわざわざ回りくどい攻略情報しか載せないのかという質問に対して、「あくまでゲームは遊びであり、攻略情報は書く側が満足するものになりがちだが、自分は一緒に遊ぶ人がより楽しめる情報を書けるようになりたい」という言葉がかなり印象的だった。

自分もデュエプレ界隈で細々とカードについて書くブログをもっているので、この言葉をたまに思い出して活動していきたいと思う。